東京医療保健大学
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ヘルスケアコラム

One Health

大学院 医療保健学研究科
菅原 えりさ
人、動物、環境(生態系)の健康は相互に関連していて一つである
 
One Healthをご存知でしょうか。わが国ではまだなじみが薄いかもしれません。この言葉の響きの心地よさに私は引き寄せられました。
 
One Healthとは、「人、動物、環境(生態系)の健康は相互に関連していて一つである」という考え方です。この理念が生まれたのは、1998年マレーシアで発生した二パウイルス感染症(豚からヒトへの感染が確認された感染症)をきっかけに、野生動物保護や獣医学領域の専門家が立ちあがり、2004年に米国ニューヨーク州で開催された野生生物保護学会が「One World One Health®」をテーマにしたことが端緒だそうです。この学会では12項目からなる「マンハッタン原則」という行動計画が提言されました。それは、人、動物、環境それぞれの健康に責任を持つ関係者が分野(国際連合食料農業機関、国際獣疫事務局、世界保健機関、世界銀行、国際連合児童基金・・)を超えて協力関係を構築し健康を推進していくという壮大な構想でした。わが国も2013年に日本医師会と日本獣医師会がOne Healthの理念に基づき学術協定推進の覚書を締結しました。私は、人獣共通感染症のヒトへの伝播を低減させるには医学的なアプローチだけでなく、このような多角的アプローチが必要であることに気がつき、そのための組織化がスピーディに実行されたことに驚きと感銘を受け、さらに、科学と技術の進歩がOne Healthを支えていることを思うと、これこそ人類の英知の結晶だと感動を覚えました。
 
ヒトに感染する病原体の約60%は動物由来です。そして、人獣共通感染症(ズーノーシス)を含む野生動物疾患は、生育地への人の侵入や開発、気候変動などによる生育環境の悪化と関係していることが示されています。また、「One World」が示す通り、国境を越えた人の往来が当たり前の今日、一昨年はデング熱(蚊が媒介)、昨年はエボラ出血熱(コウモリが宿主)そしてMERS(中東呼吸器症候群)(ヒトコブラクダが宿主)とわが国も他人事ではない人獣共通感染症(厚生労働省では動物由来感染症と言います)に脅かされたことは記憶に新しい出来事です。
 
一方、食料難や衛生環境の悪い発展途上国、さらには紛争地域や劣悪な環境で生活する難民にとって感染症は死の病です。そこでは、デング熱、エボラ出血熱そしてMERSに恐れを抱いているわが国とは次元の違う世界が広がっています。One Healthの議論はおのずとそういった国々のあり方に向けられがちで、平和な先進国に住む私たちにはなかなか実感が湧かないのも事実かもしれません。しかし、わが国には人の健康、動物の健康、環境の健康と言った一見別々に見える領域を結び、調和の中でそれぞれの健康を追求するOne Healthの理念を具現化する優しさと知性と経済力があります。医療従事者の一人として日本はその役割を担っていかなければならない使命があると考えています。
 
「One Health」それは、人類を救うサンダーバード(国際救助隊)か、はたまたウルトラマン(地球防衛軍)か・・。そんな夢を膨らませてくれるキラキラした新しい概念です。
 
引用文献
村田浩一. 保全医学への取り組みと獣医師の果たす役割 日獣会誌 2009;62:666-669
堀田明豊. One Health Summit 2013 日獣会誌 2014;67:380-382
 
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