東京医療保健大学
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ヘルスケアコラム

国家の盛衰は食品衛生学に左右される

医療保健学部 医療栄養学科
大道 公秀

私は医療栄養学科で食品衛生学を教えています。食品衛生学といっても皆さんはすぐにはご理解いただけないことでしょう。

芥川賞作家の大道珠貴さんのエッセイ集「東京居酒屋探訪」にある一節に「食は、死ぬための静かなる助走」という言葉があります。むげなるかな。私はこの一文に思いを馳せます。生きるための栄養を私たちは食を通じて得ています。しかし、その摂り方次第では私たちの生命は脅かされることでしょう。生と死の両方に関わるものとして食がある。そんなふうにも感じます。

さて、目の前に一つ赤いリンゴがあるとします。この赤いリンゴは明日も、明後日も、来週も、来年も、同じ赤いリンゴでしょうか?いいえ。同じ赤いリンゴではありません。リンゴは収穫後も呼吸をし、水分やガスも発散します。リンゴの内部では化学反応が起きて、変質が進んでいます。

赤いリンゴをはじめ、食べ物の多くは「生き物」です。だから変化をします。また食べ物は化学物質の混合物とも言えます。食べ物は様々な化学物質で構成され、その食べ物の中でも変化しますし、食べた後は、ヒトの体内で化学変化を起こします。ヒトの体内に入ったとき、食品中の化学物質がヒトの体内で良いはたらきをしてくれるから、私たちは元気に生きていけるのでしょう。しかし、その食品中の化学物質が良い働きをしてくれるとは限りません。食生活が乱れ、偏ったときに、あるいは食品に有害な物質が含まれていた時に、飲食の結果として、私たちの体の調子は悪くなることもあります。食べ物の本質は、化学物質です。食後の化学反応によって、食品は人にとって栄養にもなれば毒にもなるといえるでしょう。食という行為には一定のリスクが伴います。異物を体に入れるわけですし、食品中の化学物質が、場合によっては体に悪さをするのです。

食品中の化学物質やあるいは食品に付着する微生物を摂り入れて体調が悪くなることを未然に防ぐ分野として「食品衛生」があります。 食品衛生とは、人類が安定的に安全に食品を調達するための状態であり、方法であり、知恵だと私は考えています。先代の人々は、食べて大丈夫なものや、安全に食べる料理方法や保存方法、つまり食品衛生を私たち子孫に伝えてきたのだと言えるでしょう。

食品衛生とは、狭い意味では、口にする食品に急性的あるいは慢性的な毒性がないことを担保する営みといえます。しかし、食品衛生を、広く捉えてみると、食生活が健全であることや、安全性に加えて栄養面を含めて健全性のある食生活を求めていくことにも関わってくるように私は感じています。

フランスの法律家ブリア・サヴァラン(1755-1826)の言葉に「国民の盛衰はその食べ方いかんによる」とあります。私はその言葉を噛みしめています。人々の食べ方が健全でないとき、それは個人にとってもリスクがあるだけでなく、社会にとってもリスクとなるのだと思います。そして食べ方の健全性という点で、食品衛生は大きく関わっています。私は「国民の盛衰はその食品衛生いかんによる」とも言い現したくなるのです。皆さんも一緒に考えてみませんか。

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