東京医療保健大学
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ヘルスケアコラム

わたしと原子力災害

東が丘看護学部 看護学科
明石 眞言

東日本大震災から10年の月日が流れましたが、科学的に正しい知識を持つことまた理解するということが、いかに大切かを考えさせられる日が続いています。私たち医療に従事する者は、科学的な事実と臨床経験に基づき、正しい情報を、相手が理解できるように伝えることができることも資質の一つだと思います。

原子力災害は、原子力施設に原因を発し、国民の生命、身体又は財産に生ずる被害のことを言いますが、基本的には放射線による災害です。放射線による被ばくや、放射性物質による体内外の汚染という点で、放射線被ばく事故の範疇に入ります。私自身がこの被ばく・汚染への医療に関わるようになったのは、1954年に太平洋上のビキニ環礁における核実験で被ばくした第五福竜丸の船員と、第二次世界大戦中に使われた放射性物質を含む血管造影剤であるトロトラスト沈着症の健康診断に従事し始めた1990年ですので、もう30年以上前になります。症状が現れるような放射線被ばく事故は世界的にも非常に稀で、大きな事故が起きると国際原子力機関IAEAは専門家からなる調査チームを派遣します。2001年パナマの国立がんセンターでは、放射線治療計画のソフトミスから予定の何倍もの照射が行われ、多数の死亡者が出るという重大事故が起きました。私自身も派遣されましたが、これ以外に被ばく事故の経験をしたのは30 年で10例くらいです。一方被ばくしたかもしれないので調べてほしい、という事象は時々あります。これは放射線に被ばくしても症状が直ぐに現れることは、特別に高い線量の全身被ばくでない限りなく、時間が経ってから現れるからなのですが、このことが多くの誤解を生んできました。時間が経っても線量が低ければ何も起きないのですが、事実であることもないことも言われ、不安、差別、誹謗中傷が起きてしまうのです。広島と長崎の原爆二世調査では、放射線による遺伝的影響は一人も観察されていませんが、様々なことが言われてきました。

我が国初の原子力災害と言われているのは、1999年茨城県東海村での核燃料加工工場での臨界事故で、3名の職員が重篤な全身被ばくを受け2名の尊い生命が奪われました。事故が起きた時に私は学会で広島におり、連絡を受けたのですが、「本当に教科書通りに症状が出る被ばく事故が起きることがあるのか。」と、新幹線の中では半信半疑で当時の職場に急ぎ戻ったことを憶えています。この事故では、工場から半径500 m以内の住民の一時的な避難が行われたのですが、工場からの放射性物質の放出はありませんでした。それでも観光や農業は大きな打撃を受けました。被ばくされた職員の治療ばかりでなく、住民への健康影響の説明、健康診断等に忙殺される毎日でしたが、この事故では外国の専門家がいち早く事故の情報を得たのか、こういう線量評価法がある、またこんな治療もある等多くの情報をメールで送ってきてくれました。稀な事象に関しては国際的な協力の重要性も感じました。またこの事故を契機に、小さなものでも放射線の事故が表に出るようなり、マスメディアも以前に比べて放射線の影響を正しく報道するようになってきたように感じました。以来いくつかの事故を経験しましたが、この中には、高校の授業での被ばく、また大がかりな皮膚移植を必要とした電子機器工場での3名の事故等が含まれています。

さて話は多少変わりますが、放射性物質に汚染された方の搬送、除染や治療に関わるのは危険なことでしょうか。今までに関わった医療従事者で、放射線による被ばくの症状が出た例は、世界中でありません。福島事故の緊急作業で、通常汚染検査に最もよく使われているGMサーベーメータの針が振り切れ、測定できないほどのレベルの汚染がある方々の診療にあたった際も、私の当時の施設では除染を躊躇した医療従事者は誰もいませんでした。2017年茨城県大洗町の日本原子力研究開発機構・大洗研究開発センターで発生したプルトニウム汚染事故時もそうでした。淡々と汚染された方々の体表面のプルトニウムを除染していました。これは、危ないこととそうでないことの区別ができるからです。勿論訓練や教育があり、専門家のアドバイスのもとに行われたのですが、知識を頭だけではなく身体で受け止めていたからではないでしょうか。

放射性物質は体内に入っても増えることありません。一方ウイルスは微量であっても体内で増殖しますが、ワクチンなど予防対策も可能であり、免疫力がウイルスを死滅させることも期待できるものの、新型コロナウイルスには不明なことが多くあります。放射性物質と単純に比較することは難しいのですが、原子力災害とコロナ禍のどちらにも起きたのが差別です。放射性物質の汚染がないことを示す証明がないと診てもらえない、宿泊施設に断られる等の差別が報道されるくらい多くありました。私はこの大学に着任する前に、新型コロナ感染症の治療を行っている医療機関の看護師の子供が保育園を断られた、近くの薬局がこの医療機関からの処方箋を断ったことを目の当たりにしました。誰が悪いというのではありません。放射線であれ新型コロナウイルスであれ、ただ一方的に科学的事実を押し付けるのではなく、一般の方に医療に関して正しい理解をしていただける術を身に着けるのは、全ての医療従事者に必要なことだと感じています。

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