東京医療保健大学
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ヘルスケアコラム

薬剤耐性(AMR)にたちむかう

大学院 医療保健学研究科
松村 有里子

わたしたちの身の周りには実に多くの微生物が存在しています。これらは時にバイキンと呼ばれ忌み嫌われる存在となっていますが、ヨーグルトや納豆などのようにわたしたちの食生活にも深く関わっています。2019年末から新型コロナウイルス感染症 COVID-19が世界的に大流行し、インフルエンザの流行時期に喚起される手洗いや咳エチケットをはじめとする「感染対策」の重要性が再認識され、遵守されるようになってきています。感染症の原因となる微生物に着目すると、風邪はインフルエンザなどのウイルスが原因となる場合が多く、COVID-19もウイルスによる感染症です。それに対して、小さな切り傷の化膿や膀胱炎、肺炎は主に細菌が原因となる感染症です。一般的に知られている抗生物質は細菌を制御するための薬であるため、ウイルス性の感染症に使用することはできません。

抗生物質は、アレクサンダー・フレミング博士が、黄色ブドウ球菌の生育を青カビ(Penicillium)が阻止することを発見し、青カビの培養液に抗菌物質が含まれていることを見出してペニシリンと命名したことに始まります。数年前の大河ドラマ「JIN-仁-」で取り上げられたのがこのペニシリンとなります。抗生物質は『微生物が他の微生物の発育を阻害するために産生する物質』であることから、阻害された微生物はそれに抗おうと進化し、抗生物質に対して耐性を示すようになります。これが薬剤耐性菌の出現です。薬剤耐性菌に効果を示す物質として、化学合成手法を用いて抗生物質に類似した化合物の開発や新たな物質の開発が行われています。抗生物質(antibiotics)の用語は微生物が産生するものに対して使用されていたことから、細菌の生育を抑えるという意味で、近年、抗菌薬(antibacterial agents)と呼称されています。なお、対象とする微生物がウイルスの場合は抗ウイルス薬、真菌の場合は抗真菌薬と呼称されています。新たに開発された抗菌薬は薬剤耐性菌を制御できますが、しばらくすると薬剤耐性菌はこの抗菌薬にも耐性を獲得し、複数の抗菌薬に耐性を示す多剤耐性菌として進化していきます。まさに耐性菌と新たな抗菌薬との追いかけっこの状態となります。「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」の「抗微生物薬の適正使用」には、抗菌薬は医療のみならず、農業や畜産業、水産業でも広く使用されていることから、ヒト・動物・環境を包括的に捉えるOne Health(ワンヘルス)で取り組むことが大切です。ここで、AMRとはAntimicrobial Resistanceを略した表記です。

わたしたちは、薬剤耐性菌の迅速検出法の開発を目指して、現在、微生物の抗菌薬に対する薬剤感受性試験の迅速化に取り組んでいます。薬剤感受性試験は、細菌がどの抗菌薬にどの程度の濃度で効果があるか(感性といいます)、どの抗菌薬が無効であるか(耐性といいます)を調べる検査のことで、感染症の治療に有効な抗菌薬の選択を行う上で大切な検査の一つです。現在、薬剤感受性試験は菌の発育を観察することで判断しているため、通常の細菌では16〜18時間を要します。この時間を30分程度に短縮できるよう日々研究を行っています。「抗微生物薬の適正使用」には、適切な抗菌薬を、適切な量、適切な期間に限り使用し、必要のない時には使用しないことが大切です。今後、この取り組みがヒトの医療だけでなく動物医療とも連携して行われ、医工連携のみならず獣・医工連携によるイノベーションにより、新たな薬剤耐性菌・多剤耐性菌を蔓延させないようにしていく必要があると考えます。

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