東京医療保健大学
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ヘルスケアコラム

生活の中の医療デバイス

和歌山看護学部 看護学科
武内 龍伸

1型糖尿病という疾患がある。膵臓にあるインスリンを分泌する細胞が破壊されてしまう病気で、生活習慣病の一種である2型糖尿病とは全く異なる性質の糖尿病である。インスリンが絶対的に不足するため、生きていくためには血糖値をモニタリングしながら自己注射等によってインスリンを補い続ける必要がある。1型糖尿病患者にとって、インスリン注射は生活の一部である。

看護学では、対象となる人を生活者として捉えることが重要とされる。しかし、医療が必要な人にとっての医療デバイスを、生活と共にあるものとして医療者はどの程度捉えられているだろうか。本コラムでは、1型糖尿病患者にとってのインスリン注射や自己血糖測定およびそれに関連する医療デバイスを例に、いくつかの視点を提示してみたい。

〇 注射器は常に持ち歩くガジェットである
インスリン自己注射に用いられるデバイスの現在の主流は、ペン型注射器またはインスリンポンプである。日常的にインスリン投与が必要ということは、そのための機器を常に持ち歩いたり身につけていたりするということであり、人によっては単なる医療器具というだけなく、お気に入りのガジェットや文房具、アクセサリーという様相も持つ。生活の必需品であり生活をより良くするためのガジェットでもあるのだ。だとすれば、デザインを始め所有欲に訴求する質感や、携帯性なども大事な要素となる。自己注射を行う子どもにとって、愛着の湧く注射器を使っているということは治療上も重要だと思われる。最初に世に出たペン型注射器は、高級ボールペンと変わらない見た目であり、質感や重量感もこだわりを感じるものであった。海外の通販サイトでは、医療デバイスを装飾するアクセサリーが多数取り扱われている。

〇 IoT化のメリットとデメリット
近年では医療デバイスのIoT化も進み、スマートホンとの連携機能を持つものもある。こういった機能は、利用者にとって非常に有用なものであり、歓迎されるべき動向である。一方で、スマートホンはかなりパーソナルなデバイスであるため、本人以外での取り扱いは難しい。医療者が生活者の視点に立って機能を紹介しようにも、実際に使い込んでいなければその使用感を知るのは難しい。
また、機器が高機能化・複雑化すれば、トラブルが生じる可能性も高まる。1型糖尿病患者に取ってインスリンは生命に関わるものであり、災害時等、非日常の環境でも変わらず必要なものである。注射器自体は本来単純な機構のものであるのに、電池切れで使えなくなるリスクなどは避けたい。

〇 費用の視点
ペン型注射器にもいくつか種類があり、現在の主流は薬液と注入器が一体となったディスポーザブル製品である。非常に使い勝手が良く、物品管理の面からも医療機関では主としてディスポ製剤が採用されていることが多い。ただ、薬液のみのものよりも、当然価格が高くなる。費用負担は患者であり、日常使い続ける物品として、製品選択において経済面からの視点を持てているだろうか。

〇 日用品という観点からの包装および保管方法
インスリンは劇薬であり、取り扱いには十分注意する必要がある。しかし、1型糖尿病は一生付き合う病気であり、患者は長年毎日使用している。いわば日用品と言える。日用品には簡易包装や詰め替えという概念が存在するが、医療品ではなかなかこういった発想は起こらない。糖尿病関連のデバイスで皮下に留置するタイプのものの中には、そのパッケージが不必要に過剰で巨大なものが存在する。医療機関での取り扱いを考えれば、それなりのサイズ感が必要かもしれないが、学校や仕事帰りに病院から毎月持って帰る荷物だと考えれば、最小限のパッケージが歓迎されるだろう。インスリンの添付文書も溜まる一方である。
また、医薬品や医療デバイスには、「冷暗所保存」「高音多湿の場所を避けて」といった言葉が付き物であるが、近年の夏の暑さを考えれば、常に持ち歩かなければならないデバイスに対して、どのようにすればそれが可能になるのだろうか。

ここで提示した視点は極一部のものであり、まだまだ多様な視点が存在する。あらゆることを考慮するのは不可能である。ただ、我々は生活者という言葉をどこまで考えて使っているのだろうかということを自省し、視野を広げる必要があると思う。ありきたりの表現になるが、当事者の声に耳を傾けることの重要性を今一度認識したい。

教員データベース:武内 龍伸⇒

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