東京医療保健大学
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ヘルスケアコラム

今更、なぜ減塩ですか?

医療保健学部 医療栄養学科
梶 忍

私は医療栄養学科で公衆栄養学を教えています。公衆栄養学とは、聞きなれない学問と思います。公衆衛生分野の栄養学といっても良いでしょう。予防医学を基礎とした栄養学で主に疾病予防と健康増進に貢献しています。 公衆栄養活動の減塩対策についてお話させていただきます。

塩に関しては様々な研究がすすめられています。1日10g以下と記憶にある方は少々時代遅れです。2010年には引き下げられています。2020年食事摂取基準では、男性15歳から64歳までは7.5gとし、女性は、12歳から49歳までは、6.5gとされました。その他の年齢は、改めて目標量が定められています。この目標量とは何かというと、成人の一日あたり1.5gの食塩が摂取されていれば必要量は足りています。しかし、おいしさや食習慣を大切にしなくてはいけません。とりあえずの目標と考えて良いです。

減塩は世界的な問題であるため、WHOでも食塩の摂取量に気をつけることの重要性を訴え、各国が国民の食塩摂取量を調査することを勧めています。

日本の令和元年度国民健康栄養調査によると、食塩摂取量の平均値は 10.1g であり、男性 10.9 g、女性 9.3 g でした。この 10 年間でみると、 男性では有意に減少、女性では平成 21~27 年は有意に減少しています。

減塩商品の売り上げは都道府県によって多少の変化はあるようですが、スーパーの店舗でも減塩の表示がある商品は売れやすいという傾向があります。今後の減塩は、個人の努力のだけではなく、企業を巻き込んだ食環境整備が重要であるといわれています。

その成功例として、英国の減塩対策について紹介いたします。というのは、英国は国を挙げて減塩対策に取り組み、その結果10年間で心臓病の患者が減り、毎年2600億円もの医療費の削減につながったと言われているからです。 

2006年、食品分野におけるイギリスの公衆衛生の維持を責務とするFSA(イギリスの食品基準庁Food Standards Agency)は、パン、ケチャップ、ポテトチップス、チーズ、ソーセージなど85品目に、4年間で減塩する目標値を設定し、食品メーカーに自主的な達成を促しました。なかでも、食品基準庁がターゲットにしたのがパンでした。パンは食塩を大量に含む食品とされており、イギリス国民の塩分摂取源の18%が、パンによるものであることがわかりました。これは、ベーコンやハムなどの食品と比べても高い数字で、単一の食品としては最大の摂取源になっていました。そこで食品基準庁は、国内のパン製造業者に減塩を強く働きかけたのです。しかし、味が落ちては、売り上げに影響します。医学や栄養学を専門とする科学者たちによって組織されたCASH(Consensus Action Salt and Health 塩と健康に関する国民会議)という団体が発した斬新な減塩方法が成功の鍵でした。研究チームは、「時間をかけて少しずつ塩分を減らしていく」という方法を提案しました。業界団体に対し3年で10%の減塩をするという計画を立て、加盟するすべてのパンメーカーが徐々に食塩を減らしていきました。各食品メーカーにも次々と働きかけていき、最終的にさまざまな食品の食塩含有量を目標の数値まで減らすことに成功しました。

社会の風潮を作り、人の心をつかみ、心地良い形で戦略を立てて健康にする。まさに、これは、ポピュレーションアプローチと食環境整備による展開の成功例です。公衆衛生のポリシーとして、正しい知識の潮流を作ることが大切であることが言われています。日本においても、様々な減塩の展開が始まっています。

公衆衛生学は、コロナ禍で改めて注目され、その重要さが世界中で再度認識されました。日本においても、公衆栄養学をもっと発展させることが、国を挙げて減塩対策へと取り組むことにつながっていくのではないでしょうか。国の対策の推進と、自らの公衆栄養学研究者としての責務をさらに重く感じています。

教員データベース:梶 忍⇒

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